大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和39年(ラ)144号 決定

抗告人 神田シマ(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人の抗告の趣旨及び理由は別紙記載の通りである。

家事審判法第九条第一項乙類第二号は、民法第七五八条の実体規定に対応し、夫婦財産契約の存在を前提として、該契約による財産の管理者の変更及び共有財産の分割に関する事項を審判の対象として規定しているのであつて、夫婦財産契約の存在を前提としない夫婦間の財産関係を対象とするものではなく、又右法条をみだりに拡張解釈して後者の場合にこれを適用することはもとより許されない。しかるに抗告人の本件審判申立は夫婦財産契約の存在を前提とせず、単に自己と夫神田守との間に共有財産があるとして、該財産につき、前記法条により、管理者の変更及び財産の分割を求めるものであるから、それ自体不適法な申立であるといわなければならない。したがつて、これと同一の理由により該申立を却下した原決定は相当である。

よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 秦亘 裁判官 佐藤秀)

別紙

抗告の理由

原決定は本件申立につき乙類の審判事項は制限的に列挙されたるものであるから類推拡張解釈を許さないとしているがその様な原則があると誤信しているものであつて今日そのような解釈学を論ずるものは少ない。・

本件が家事事件であることは明瞭であつて又申立共有財産が当事者間に於て共有であることについては一致しているものである。之れを申立(原決定)の理由により管理分割せんとするものであるから直接の規定なくとも家庭裁判所の審判事件として処理することの妥当であることは家事審判の制度創設の趣旨に合致するものである。原決定の如く此様の場合は婚姻関係を解消して申立つるべきであると云うが如きは恐るべき暴言である。本件はなるべく夫婦関係を継続して行きたいことが念願である。

又通常裁判所に分割請求すべきであると論ずるものもあるが夫婦関係あるものが互に訴訟することの不当であるかは家庭裁判所設置の趣旨より了解さるべきである。

要するに本件内容の共有それ自体に於て共有にあらずと解することは論外として夫婦共有財産分割の審判申立として受理し調停及審理する手続を家庭裁判所としてとるべきであつて受理すべきでないとの決定は違法であるから本申立に及びます。

参考

原審(福岡家裁 昭三九(家)三八六号 昭三九・八・二〇審判却下)

申立人 神田シマ(仮名)

相手方 神田守(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人代理人は相手方は申立人との共有に係る別紙第二目録(1)乃至(5)記載の不動産を分割して別紙第一目録記載の不動産を申立人単独の所有と管理に変更し、申立人の単独名義に所有権移転登記することの審判を求め、その実情として、申立人は昭和一五年九月二七日相手方と婚姻したものであるが、申立人の実家が農業であつたため婚姻前より農業に従事し、相手方との婚姻に際しても、相手方が農業であつたところから婚姻後も相手方と協力して農業を専業とすることを懇請されて婚姻し、当時小作地であつた別紙第二目録(1)乃至(5)記載の農地等を他の農地と併せて耕作し、申立人は市近郊の常として早朝から夕方遅くまで働き続けた結果、昭和二一年の農地革改により昭和二二年三月三一日別紙第二目録(1)乃至(3)記載の農地を相手方名義に自作農創設特別措置法に基く政府売渡を受け昭和二五年一月三一日その旨の所有権移転登記を了し、更に別紙第二目録(4)及び(5)記載の農地等についても相手方名義に自作農創設特別措置法に基く政府売渡を受け昭和三三年七月九日その旨の所有権保存登記を了したが、その買受代金はいずれも申立人及び相手方の夫婦共稼により蓄積した資金を以てこれに充当し、政府売渡の手続等の関係から相手方の単独所有名義になつているだけで、実質上は夫婦の共有であり且つ共同管理に属するものである。

然るに、相手方は最近に至り近隣に居住する実兄神田良男、実弟神田行男、甥神田和男等の歓心を得るためか、或は兄弟等の甘言に乗ぜられているのか、その動機乃至原因は必ずしも判然としないが、家産を処分し始め、昭和三八年一〇月九日福岡市農業協同組合から金三〇〇万円を借入れその担保として別紙第二目録(7)記載の畑九反二〇歩につき抵当権を設定してその旨の登記をなし、借用金三〇〇万円は神田和男に特別の理由なく贈与し、更に別紙第二目録(1)乃至(3)即ち別紙第一目録(1)乃至(3)記載の農地を他に売却処分してその代金の内金三五〇万円を実弟神田行男に贈与しようと企図する外、兄弟等のためその共有に係る農地等を処分せんと種々劃策中である。これはひとえに申立人等夫婦間に子供がないため、今のうちにその財産を処分して分取りしようとする兄弟等親族の意図がひそんでいるものと考えられる。

そこで、六〇歳に近い老境にはいつた申立人は相手方に対しその無謀を忠告し、夫婦の将来殊に申立人の将来を考慮して、この際実質上夫婦の共有に属する財産関係を明確にしておく必要があることを直接又は申立人の兄弟等を通じて相手方等に申入れたが、相手方は意思薄弱でその兄弟等に気兼ねし、徒らに事態の解決が遷延するばかりであるため、このままの状態で放置すれば申立人の取得分はなくなつてしまうので、実質上申立人等夫婦の共有に属し且つ共同管理中の別紙第二目録(1)乃至(5)の農地等を分割して、別紙第二目録(1)乃至(3)即ち別紙第一目録(1)乃至(3)記載の農地を申立人単独の所有と管理に変更し、申立人の単独名義に所有権移転登記することの審判を求めるため、本件に及んだというのである。

よつて按ずるに、当裁判所においては本件が後記説示の如く家事審判法第九条第一項乙類二号の審判事項に該当しないという見解と事案の性質上家事調停により処理するを適当とする考慮の下に関係者に家事調停を慫慂しこの結果、昭和三九年三月二五日本件申立人から本件相手方を相手方として本件と同趣旨の家事調停を当裁判所に申立てたので、当裁判所においては、同年四月一四日から同年七月九日まで九回に亘り調停を試みたが、主として本件申立人等夫婦双方の兄弟等の間において意見の一致を見ないため、同年七月九日調停不成立に帰したので、申立人代理人は本件を事案の性質及び解釈上家事審判法第九条第一項乙類二号の審判事項に包含されるものとしていわゆる乙類審判事件として処理さるべきものであると主張するところ、家事審判法第九条第一項に列挙されている甲類及び乙類の審判事項はいわゆる制限的に列挙されている審判事項と一般に解され、みだりに類推拡張解釈を許されないのである。(尤も実務の取扱いとして事実上(内縁)の夫婦関係においては民法親族編の扶養財産分与等の権利が容認されている事例がないではない。)

よつて、上記乙類二号の審判事項について検討するに、民法第七五八条第二項及び第三項の規定は民法が法律上の夫婦の財産関係について夫婦財産制として法定財産制と夫婦財産契約とを採用し、後者の契約は民法第七五五条により夫婦が婚姻の届出前に締結することを要し、婚姻届出の後は原則としてこれを変更することができないものとされ、例外的に夫婦の一方が他の一方の財産を管理する場合、その管理の失当により財産を危くしたときは他の一方は自らその管理をすることを家庭裁判所に請求することができ、共有財産については上記の管理の請求とともにその分割請求する権利が認められ、その対抗要件として上記の管理者の変更及び共有財産の分割を以て夫婦の承継人及び第三者に対抗するためにはその登記を必要とすることは民法第七五八条第二項第三項、民法第七五九条の明定するところであり、この民法の実体規定に対応して上記乙類二号の審判事項とこれに関する手続上の規定が設けられているのであるから、本件がこれに該当しないことは申立人の主張自体によつても明かであるが、本件においては申立人等の婚姻及び本件農地等の自作農創設特別措置法による政府売渡の時期がいずれも現行民法施行前の旧民法施行当時であるところ、現行民法附則第四条によれば、原則として現行民法を適用する旨の経過規定があるので結局本件については現行民法を適用すべきであるが、申立人は本件農地等が名義上は相手方の所有になつているが実質上は申立人等夫婦の共有に属するので婚姻関係を継続したままで、民法第七五八条第二項第三項の規定を類推拡張して相手方の管理の失当により本件農地等の共有財産を危くしたときは申立人自らその管理をするとともにその共有財産の分割を家庭裁判所に請求することができるものと解するのが本件事案においては最も妥当であると主張するけれども、本件農地等の財産が実質的には申立人等夫婦の間において内部的に共有に属すると解される余地があるというだけで、婚姻関係を解消しないままで家庭裁判所に申立人主張の如く本件農地等の財産の管理の変更と分割を請求することができると解するのは申立人の独自の見解であつて到底是認することを得ないのである。尤も学説として、申立人の主張する如き本件のような事案においては、夫婦離婚の際には当然に実質上の共有関係を清算すべきであり、夫婦の一方の死亡の場合にも遺産から控除して他の一方に取得させるべきであるとの説があり、夫婦平等の立場から夫婦協力扶助の見地に立つて考察すれば、上記の学説は充分傾聴に値するものとは考えられる。尤も本件農地等は申立人の主張するとおり自作農創設特別措置法に基き、相手方に政府から売渡されたものであるが、それは政府から相手方本人に対し農耕に精進する適格者と認めて売渡されたものであり、農地政策上農地の共同所有或は共同耕作という複雑な法律関係を原則として認めないという取扱いが従来一般に実施されて来ていることは公知の事実であると思われ、本件の場合もこの例に洩れないと認められる(これを覆す認定資料は全くない)ので、この点からも申立人の主張は是認できないであろう。

以上要するに、申立人の本件申立はその主張自体により失当であるからこれを却下することとし、主文の通り審判する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例